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本部流とは

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日本空手道本部会(もとぶかい)本部流春風館道場の前進は、昭和32年(1957年)8月に空手愛好家によって武蔵野空手道拳友会を創立し道場を開いたのが春風館道場の歴史の1項といえる。
そして昭和33年(1958年)9月に日本伝流空手道春風館道場と改称した。沖縄の拳豪 本部朝基(もとぶちょうき)先生の直弟子であった故高野玄十郎師範(東洋大学空手道部OB、元朝霞市収入役)が自宅の庭に開設、多くの人材を輩出した。春風館は43年に全日本空手道連盟糸東会(しとうかい)に加盟、48年に現道場が開設された。春風館は52年諸説の事情から前記糸東会を脱退。現在は2代目高野清館長が運営している。

本部流空手道は、沖縄の本部朝基を開祖とする空手道流派である。本部朝基は、本部御殿の本部朝真の三男。16歳のときから空手を始め、糸洲、佐久間、松茂良氏ら当時の諸大家に師事して一流をなした。「本部サール(猿)」と異名をとるほどに身が軽く、かけ試し(これぞと思う相手に試合を挑む)や海賊退治、刃物を手にした数人の無頼漢との決闘の逸話が沖縄に残されている。大正年間には本土に渡り、兵庫や東京において空手道を指導。東洋大学の空手部初代師範、鉄道省での空手道教授などを通じ、空手道の本土での普及に尽力をした。『沖縄拳法唐手術』『私の唐手術』などの著書がある。ちなみに大正12年、京都での外国人のヘビー級ボクサと対戦、上段への一撃で相手を倒したエピソードはあまりに有名である。なお、朝基の実兄の朝勇は代々、本部家の長男のみに一子相伝で伝承された琉球王家秘伝武術・本部御殿手の伝承者として知られている。本部御殿手は朝勇から秘術を伝授された上原清吉十二代宗家の手により始めて一般への公開がなされ、昭和52年には本部朝基のご子息である、本部朝正会長にも伝統が継承されている。ゆえに本部会は、日本空手道本部会と本部御殿手古武術協会の二つの組織を柱として運営がなされている。

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本部朝基先生

高野玄十郎先生

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高野清館長